土曜朝稽古&横浜支部出稽古&日曜武道館稽 古(ロングバージョン)

Posted: 2012年2月27日 カテゴリー: 未分類

この土日は久々に空手漬けでした。
あくまでも個人的に。

しかーし、、、
所沢支部的には超ウルトラピンチ!!

土曜の朝稽古は生徒2人しか集まらず・・・
そんな予感もしてましたがビビりました。

インフル猛威の影響もあり、時間の変更もあり、怪我とか仕事とか色々訳はあるのですが、
何と申しましょうか。
空手では一応先生とか言われてても、生徒が集まって初めて先生です。
あまりにも少数過ぎると果てしなく落ち込んでしまいます号泣
特に、少数精鋭<出席率>でやってる所沢支部的に出席率20%以下だと自分の人間力も
20%以下に低下したかの如く、、、

奈落の底に突き落とされてしまいます失恋

「あぁーーー、俺はこんな人気ないん? 嫌われ始めた? 教え方が下手なんやろか? 面白くないんやろか?とか・・・etc」

正直な話、遅刻しても良いし、用事で途中抜けしても良いので、来れる時、来れる時間に最大限の努力と
タイムマネジメント力を発揮してもらい、何とか稽古に来てくれれば!幸いです。

とは、言うもののいつも元気なIKUさんハグ (右)の一言で救われました。
「今日は細かく教えて頂けて本当に来て良かったですLOVE

おぉーーーー、さすが年の功???
落ち込んだ私の心の傷にそっと薬を塗ってくれました。
所沢のマドンナIKU様、いつもありがとうございますバラ

土曜の夕方は久々に横浜支部へ出稽古に行かせて頂きました。

本来は2名で伺う予定でしたが、本番直前にいつも?体調を崩すO塚プロがインフルのため参加できず、私一人だけでした。
来週の研修会に向けた事前勉強と経験を積むために、岡崎支部長はじめ福I指導員、その他
黒帯の皆さんとの触れ合い!
中でも柔法教室&股関節トレーニングは大変勉強になりました。
稽古後のスパーリングも老体に鞭打って頑張りました。
本当にいつもありがとうございます、この場で深く御礼申し上げます。

私は初段を受験する際も2段を受験する際もこれまで常に岡崎支部長にご指導頂いております。
総本部直 系の旧東京支部的な師弟関係とでも申しましょうか。
関東に出てきて白蓮会館の空手を続けるにあたり常にご指南を頂いておりました。
ちょうど2段を頂いたのが2003年の3月。
2012年、3月の研修会で3段を受験させて頂きます。
今から既に緊張!
柔法は本当に難しいです。
個人的な反省は経験値が無さ過ぎ?
今後は機を見て稽古に組み入れて行きたいと思います。

そして、昨夜の武道館稽古パンチ
4名でした。
少数ですが、想定内。
メンツは想定外。<所沢唯一の一般拳士T村君&Jo二母>
そして、アゴ骨折から復帰の東京支部・吉D指導員でしたGOOD

稽古不足で型忘れ? スタミナ不足を露見してはおりましたが
明るく元気に空手をやる姿を見てると嬉しくなります音楽
入院してる時の姿は無残? 全日本大会時はもっと無残な姿だっただけに
復帰が心待ちでしたスマイル

どーしても、空手と言えば怪我が付き物です。
全く怪我をしない練習方法もあります。
ほぼ怪我無しで黒帯まで辿り着く人もたまにはいるのかもしれませんが、
私の知る限り、無傷の黒帯はいません。

怪我の治し方、怪我をしにくい空手の追求が黒帯には必要でしょう。
怪我をした時のケア、復帰へ向けたリハビリ。
一般の人のリハ ビリとは意味が違います。
通常生活に戻るためのリハビリではなく、また厳しい稽古に耐えられるための
リハビリですから。
何度も心折れそうな怪我をしながら、復帰を重ねて初めて気づく自分の浅はかさ。

考える時間が増え、生活をそして自らを省みます。
これが自分を見つめる時間となり、単なる黒帯でなく金の筋を1本から2本、2本から3本へと
成長させてくれるのかもしれません。
身を以て経験した事は、伝える時に最大限の力を発揮するでしょう。
机上の論議ではなく、具現化された経験値ですから。
言葉の重みも違いますグッド ラック

黒帯は空手道の始まり。
スタートだとよく言われます。
スタートしたらやはり・・・
怪我が付き物。
私も黒帯になってからの方が大きな怪我を重ねました。
二度と同じ手術はできない! もし今度同じ箇所なら・・・
みたいな脅し?
まぁ本当なんでしょうけど。

仕事への影響も大きかった、入院したり通院したりetc・・・

 

空手道。

時に道は険しく、時に楽しく、時に夢溢れ花道の如く?とはなかなか行きませんよね。
どちらかというとほとんどが険しく、横道やあぜ道だらけ。
道を進まず登らずに、立ち止まるも自由、離脱も自由、下るも自由。

止める(辞める)理由はそこら中に転がってます。

逆に続ける理由があるとしたら・・・

それは自分の信念と道場で出会った人々との繋がり。
モノの価値は必要な人が決めるもの。
自分の存在価値はお互いが敬い、慕い、慕われ頼られて。

そしてその道の価値は・・・自らが決める事。
泥沼に咲く一輪の白い蓮の花。
苦難の中にも一瞬の感激、喜びを見つける事。

この繰り返し。

私もこの道半ば、まだまだ修行中。
つづく・・・

 

 

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